はじめに
内村鑑三の著書は、福音派諸教会の間で一般的ではなく、特に彼の終末論はあまり知られていないようです。「キリスト再臨を信ずるより来たりし余の思想上の変化」(1918年12月「聖書之研究」)[1]という一記事における内村の再臨観を見ると、内村の終末論は創造秩序の回復と完成という視点を持っていることが分かります。また、この視点によって内村が、世界観的回心もしくは、パラダイムシフトの体験をしている様子が伺い知れる点で、注目に値します。本エッセーは、内村鑑三の研究に関しては門外漢の私が、上記の記事を中心にしてその回心の体験を分析する一試論で、専門家の方々の御批判を請いたいと思います。
I 第三の大変化
内村は上記記事を「余の生涯に三大変化が臨んだ」との言葉で始めています。その第一は1878年の創造主との出会い、第二は1886年の十字架のゆるしの確信、そして、第三は大正7年1918年の再臨理解の深化です。実は、内村は以前より再臨を堅く信じていました(1904年7月「聖書にいわゆる希望」参照)。しかし、この1918年の体験は、以前のものと違うようです。内村は次のように書いています。
余はキリストの再臨を確信するを得て、余の生涯に大革命の臨みしことを認むる。...ここに余は「見よ、すべての事、新しくなれり」と言うことができる。ここに余は旧き世界を去りて新しき世界に入りし感がする。余の宇宙は広がり、余の前途はひらけ、新たなる能(ちから)は加わり、眼は明らかになり、余の生涯の万事が一新せしを感ずる。(32) ああ余はついに聖書を解し得て余の生涯を終わりを得るを知って神に感謝する。(34)
II 万物の復興
内村の第三の変化は、「新しき世界に入りし感」「万事が一新せしを感ずる」というほど大きなものでした。これは、一般的に回心に伴う経験です。内村の生涯の「大革命」となるこの再臨信仰の内容とはどのようなものだったのでしょう。それは、ただ単にキリストが地上に再び来ることを確信したというものではありません。それは、再臨の目的にかかわる事と言えます。内村は、再臨の目的を「万物の復興」と表現しています。
キリストの再臨はその一面は万物の復興である。また宇宙の改造である。また聖徒の復活である。また正義の勝利である。また最後の裁判である。また神政の実現である。...ゆえにこの事が分かって、すべてがわかるのである。その反対に、この事がわからずして、すべてが不明である。...聖書がこの事に特に注意を払うは当然である。そは、これ万物の帰(き)するところ、万事の究極であるからである。(33)
III 二元論的救済観
この考え方は、今まで内村が持ってきた救済観と異質のものであると内村自身が語っています。彼はそれまでの自らのギリシア二元論的救済観をこう表現しました。
余は今日まで天然を愛して、実はこれを卑しめたのである。物といい、肉といえば卑しきものと思い、これに超越しこれを脱却するのが霊的生命の目的であると思うた。余は、余の愛するこの地この天然と永久に別れて、しかる後に完全なる霊的生命に入るのであると思うた。しかし、これ大いなる誤りである。生命は霊と肉であり、宇宙は天と地とである。余の救わるるは、余の霊と共に肉の救わるることであって、また余の救いは宇宙の完成と共におこなわるるものである。余は肉を離れ地より挙げられて救わるるのではない。新しき朽ちざる体を与えられて、新しき天地に置かれて、救わるるのである。ゆえに余の救いは万物の完成と同時におこなわるるのである。(36ー37)
内村は、天国において霊魂で救いが完成するというギリシア二元論的救済観から解放されます。救いがもたらすものは、霊魂だけの救いではなく肉体も、いや全被造物を完成するものであることに目が開かれるのです。
IV 創造秩序の回復と完成
では何故キリスト教は霊魂の救いだけではなく、被造物全体を救おうとするのでしょうか。その疑問に対し内村は、創造論の見地で答えています。すなわち、創造目的の達成がキリスト教の救済であるというのです。
天地万物が、信者が神の子として現れんことを切望するがごとくに、信者もまたその身体が救われて、すべての被造物と共に不朽の生命に入らんことを待つという。...しかして完成されたる人が完成されたる地を占領して、しかして後に初めて神が人を造りてこれを地におきたまいしその目的が達せらるるのであるという。偉大なるかな、この天然観、この救拯(きゅうじょう)観、信仰もここに至ってその絶頂に達するのである。まことにキリストの十字架はただに罪人を救うがためのものではない。これまた天地万物を完成せんがためのものである。(37ー38)
キリストの十字架と再臨は単に罪のゆるしに終わらない。十字架と復活は、「完成されたる人が完成されたる地を占領」することにより、創造目的が達せられるためなのである、と内村がとらえていた点に注目すべきでしょう。この点への開眼は、「偉大なるかな、この天然観、この救拯(きゅうじょう)観、信仰もここに至ってその絶頂に達するのである。」とまで内村にいわしめたものでした。 キリスト教の救いは天国に行くことではなく、創造秩序の回復と完成であるという思想は既に1912年1月に現れています。
われら、キリストを信じる者の希望は、死してこの世を去りて直ちに天国に行くことではない。その事は善き事であろうかも知れない。しかし、最も善き事ではない。われらの希望は、死して再び、よみがえり、聖められたるこの地において、キリストと共に義の生活を楽しまん事である。この地は元より汚れたる所ではない。人類の犯したる罪のゆえに、のろわれたる所にどどまる。その罪にして除かれんか、この地はまことに神の造りたまいし楽園である。悲惨とは、楽園たるべきこの地が涙の谷と化したることである。ゆえに希望とは、この地が元の楽園に化し、聖徒がその中に聖き義(ただ)しき生涯を送らんことである。そうしてキリスト信者の希望とはこの希望であるのである。 御国を来たらせたまえ との彼の日々の祈祷(いのり)は、この希望を述べるのである。「天国(みくに)に行かしめたまえ」ではない。「天国をこの地に来たらせたまえ」である。すなわち、この地を天国と化したまえとの希求(ねがい)である。[2]
これより以前の表現はより写実的とも言えます。
われら、キリストと共に再びこの世に来る時は、このやぶれたる、濫用されたる地にくるのではない。悪人の貪欲を充たすためにはがれたる山の林は再び初代の鬱蒼(うっそう)に帰り、貴人の狂想を満たすために狩り尽くされたる鳥と獣とは再び原始(はじめ)の繁栄に復し、こずえには、数限りなき小鳥は猟師に驚かされずしてさえずり、流れには群なす小魚は漁夫の網目を恐れずして、おどる。万草、路傍に色を競い、喬木(きょうぼく)、森に高きを争い、河水は増すも、岸を越えて民を悩まさず、池水は、かわくことあるも、渓水(けいすい)常に絶ゆることなくして、地は旱魃(かんばつ)を忘る。われらは、かくのごとき地に再び臨み来るのである。[3]
V 生活、世界観の変化
二元論的救済観から、創造目的を達成し万物の完成をもたらすという救済観に転向した内村ですが、この変化は日々の生活に影響を与えます。正義が最終的には勝利するという確信をもった内村は、
今や人類はいかに堕落しようが、教会はいかに腐敗しようが、...不義がいかに横行しようが、余は失望しない。...今は恐れず、たゆまず、彼[キリスト]の命令に従い、事の成敗に頓着せずして進むばかりである。感謝である。実に感謝である。(36)
と、正義のための闘いを恐れず、成敗にかかわらず進めることになるのです。また芸術観、文学、倫理観にも影響を与えています。
もしこれ(創造秩序の完成としての再臨)が迷妄であると言うならば、詩も歌も美術も宗教も、美という美、善という善はないのである。(36)
もちろん前述のように自然に対する考え方も変化しました。
VI 最後に
この記事を貫いている内村の思想は何でしょうか。それは、再臨そのものと言うよりも、救いの目的、再臨の目的に関わる事です。つまり、イエス・キリストの救いは、罪を赦すだけではなく、全被造世界を回復させ、再臨により完成させる、という救済観なのです。
このことは、世界観(パラダイム)の変更とも言えます。創造者と十字架のゆるしを信じていた内村ですが、長い間、霊肉二元論的視点で、物事を見、考え、聖書を読み、祈り、また生活して来ました。そこから、創造秩序の回復と完成と言う視点へ転換したのです。それは、単なる知的な理解の変化ではありません。ギリシア的世界観から聖書的歴史観・世界観への転向を意味する「回心」の体験でした。その結果、聖書、自然界、芸術を含む文化、社会、教会に対する見方が変化し、内村の姿勢、生き方に影響を与えていったのです。これは、典型的なパラダイムシフト、回心の体験でした。それ故、内村はこの変化を「余の生涯に大革命の臨みしこと」と序論で表現したのです。内村は、その記事の結論では次のようにあらわして記事を閉じています。
これ余にとりては確かに思想上の最大変化である。神は最もうまき酒を最後に余にあたえたもうた。余はすべての人が、このうまき酒を飲まんことを欲する。余はこれを彼らに勧めざるを得ない。ハレルヤ!(38)
この内村の思いは、死に至るまで変わりませんでした。亡くなる二日前に捧げた祈りは次のようなものでした。
宇宙万物人生悉く可なり。言わんと欲する事尽きず。人類の幸福と日本国の隆盛と宇宙の完成を祈る。[4]
すばらしい記事を感謝します。当教会の仲間に紹介させていただきます