アメリカにおける「救い」
更新日:9月9日

序論
ある英国人学者がアメリカ各地で講演したときに、どこにいっても「地獄」について質問されたと語っていました。アメリカのクリスチャンの方々は、他の地域に比べて「地獄」に特別な思いを寄せています。
英国では福音派内には地獄、ギリシア語ではゲヘナに関して解釈の幅があります。それは、(1)「罪人は地獄で意識があり永遠に苦しむ」、(2)「罪人は消滅する」、(3)「罪人は地獄で神の恵みから切り離されている」、(4)「最終的にすべての人が救われる」(福音的万人救済主義)などです。(1)をとるJ.I.パッカー、(2)をとるジョン・ストット[1]とジョン・ウェナム[2]、(3)をとるN.T.ライト、(4)をとるロビン・パリーなど、意見が分かれていますが、英国福音派の中でそれぞれの立場が異端視されることはありません。
世界福音同盟はヨハネ5:29を引用して最後の審判を告白しますが、審判の内容は参加者の間で意見の違いがあるので定義していません。しかし、アメリカの福音派では(1)の地獄観が圧倒的な多数派です。
それに加えて救済論の中心に関しても違いがあります。イギリスのジョン・ストットやクリス・ライトの著作、またローザンヌ運動の諸声明を読むと、イギリスや世界の福音派の指導者の救済論は、地上における神の国の広がりと完成に焦点が当てられています。そして、環境や正義への取り組みが適用として言及されています。興味深いのは「ケープタウン決意表明」で、その本文には一切天国と地獄という言葉ができません。「地獄から天国への救い」は救済論の中心ではないのです。
ところが、アメリカの福音派では、特に一般の人々の間では、キリスト教の救いの中心は「地獄から天国への救い」となっています。もちろん「天国・地獄」とキリスト教の関係は古く、複雑な歴史をたどってきています。興味ある方は拙論「『天から来て天に帰る』のルーツ」をお読みください。当然地獄の強調も18世紀のアメリカで始まったわけではありません。しかし、アメリカでは建国の初期の時点から地獄に特別な強調が置かれ、それが継続し強化されていきました。
ではアメリカではどのような経緯を経て「永遠に苦しむ地獄からの救い」がキリスト教の救いの中心となり、それが時を経てますます強固になったのでしょうか。
このエッセイではアメリカにおける地獄の系譜をわかりやすく示すためにあえて単純化した形で何人かの神学者や伝道者の働きを概観しています。誤りもあるかもしれませんので、その場合はご指摘いただければ幸いです。
1. 第一次大覚醒(1730–1745)
ジョナサン・エドワーズ(Jonathan Edwards)は、カルヴィニストとして神の栄光とその恩寵を強調しアメリカの偉大な神学者として認められています。しかし彼は同時に第一次大覚醒の中心人物としても活躍しました。特にその代表的説教「怒れる神のみ手の中の罪人」(Sinners in the Hands of an Angry God、1741)で語った次の文は有名になりました。
神はあなたを地獄の穴の上に蜘蛛のようにぶら下げている。神の怒りは火のように燃えており、あなたが地獄に落ちないのは、ただ神の手が支えているからに過ぎない。[3]
この説教では、「人間は今この瞬間も地獄に落とされる」とされました。当時の記録では、聴衆は「泣き叫ぶ、椅子にしがみつく、どうすれば救われるのかと叫ぶ」という状態になったと記されています。この説教は出版されて非常に多くの人々に読まれました。そしてこの地獄の恐怖はアメリカの人々の心に深く刻まれるようになりました。
2. 第二次大覚醒(1790–1840)
第二次大覚醒でも地獄が強調されました。チャールズ・フィニー(Charles Grandison Finney)は、神の恩寵を強調したジョナサン・エドワーズと違い、「正しい手段を用いればリバイバルは起きる」と考えて人間の側の決断を強調しました。二人の間にはそのような大きな神学的な違いがあるのですが、地獄を生々しく描いた点ではエドワーズの流れにそっていると言えるでしょう。フィニーは1840年から50年代にオハイオ州にあるオーバリン大学(Oberlin College)で説教し(Sermons of the Gospel Themes)、次のように語りました。
ここにまた一つの光景がある。そこには「火と硫黄の池」があり、失われた罪人たちが渦巻く炎の波に投げ込まれる。彼らは燃えさかる岸辺を叩き、苦痛に舌を噛みしめる。そこでは虫は死なず、火は消えず、「一滴の水」すら届かず「舌を冷やす」こともできない―「その炎の中で苦しめられ」ているのだ。[4]
このように、「福音とは、死後に落とされる恐るべき地獄からの救い」という理解が北米の人々の間で定着していきました。
3. 第三次大覚醒(1850-1900)
19世紀後半の第三次大覚醒の中心人物ムーディ(Dwight L. Moody)は、確かに地獄を信じてはいましたが、説教では神の愛とキリストの救い、そして、救いへの招きが中心でした。その意味で、彼は20世紀の説教パターンへの橋渡しをしたのかもしれません。その上ムーディは、改心した人の心から始まって社会に広がる神の国を強調し、貧民街伝道、孤児の支援、教育活動、職業訓練などを実践しました。
4. 二十世紀前半:正統信仰の旗印となる
しかし、20世紀になると再び変化します。リベラリズムとの戦いが全面に出てきたからです。根本主義運動は、近代神学に対して「聖書の無誤性、処女降誕、代理贖罪、肉体の復活、奇跡」の五点を主張しました。しかし、五つだけではありませんでした。リベラルな教会が地獄を否定し社会活動を強調したため、それへの反動として永遠の地獄を信じること、社会的な働きをしないことも、五点に加えて正統信仰の旗印、あるいは境界線として強調しました。
5. 二十世紀後半:
伝道説教の標準化
20世紀前半まで、福音の説明は説教者ごとにかなり違っていました。しかし1950年代以降、福音を短い公式で説明する方法が広まります。それを広めたのはキャンパスクルセードの四つの法則と、ビリー・グラハムです。ビリー・グラハムクルセードでは、メッセージは以下のように非常に明確な構造を持っていました。
1 神はあなたを愛している
2 人は罪人である
3 キリストが十字架で死んだ
4 信じれば永遠の命を得る
グラハムは説教の最後に聴衆に決断を迫りましたが、しばしば次のように語りました。「もしあなたがキリストなしに死ぬならば、失われることになる(If you die without Christ, you will be lost.)」。グラハムは18世紀や19世紀の伝道説教のように恐るべき地獄を前面に出しませんでしたが、それは前提であり暗に含まれていました。このクルセードの説教は伝道説教の基本としてアメリカで標準化していきました。
独特の終末論と政治との結合
グラハムには他にも二点特徴があります。当時は、核兵器の拡散と共産主義の台頭という世界情勢、そしてイスラエル国の建国という出来事が起こった時代です。その影響を受けてグラハムは世界戦争と世の終わりが近いことを強調しました。そして共産主義との戦いのために救いへの決断を迫りました(例「世界は燃えている」)。つまりディスペンセーション主義が持つ独特の終末論的解釈、そしてアメリカという国家の政治的立ち位置の両者が、グラハムの伝道説教に強く影響したのです。
グラハムは著書「世界は燃えている」の中で再臨、そして天地が新たにされることに触れています。しかし、一般の聴衆や読者には、将来のことよりも今の「救い」が重要だったに違いありません。また、グラハムの説教の中心は晩年に変化し、神の愛を強調し世界平和を求めるものに変わりました。しかし初期のグラハムの伝道メッセージ、そして破局的終末論の強調とアメリカ政治との一体化は、アメリカの福音派に大きな影響を与えました。もちろん、独特の終末論とアメリカ政治との一体化はグラハムだけではなく、多くの指導者によって押し進められて今に至っています。
7. まとめ
以上のことを短くまとめます。ジョナサン・エドワーズ、チャールズ・フィニー、リベラリズムへの反動、四つの法則とビリー・グラハム・クルセードを経て、アメリカ福音派の一般の人々の間では救いの中心が「永遠の地獄からの救い」として定着し、強固となりました。それはエドワーズやムーディー、またグラハムなどの説教者や著者が全体として伝えたかったものではなく、福音の中心と考えていたものでもなかったかもしれません。しかし、一般の人々にとってはこの側面が広がり定着しました。そしてそれが多くのアメリカ福音派の教会において、そしてアメリカの宣教地において、正統信仰の旗印となったのです。
聖書は
では、最後に聖書自体がどう語っているのか、ごく簡単に触れてみましょう。
主イエスが「神の国」、「天の御国」、「御国」について言及したのは、マタイの福音書で51回にも及びます。福音書を貫いているのは神の国の教えです。それを一言でまとめると次のようになるでしょう。
神がイエスにおいて地上で王となられた。つまり神の国が到来した。それが良い知らせ、福音である。だから、悔い改めて神を王とする生活、すなわち神と人を愛する生活を真剣に始めよ。
主イエスがマタイのなかで51回神の国に言及したことに比べ、地獄、つまりゲヘナへの言及は、マタイの福音書では7回のみです。マルコでは3回、ルカでは1回だけです。ゲヘナという言葉はヨハネの福音書にもパウロ書簡にもありません。もし、ヨハネとパウロにとって、「永遠の地獄の苦しみからの救いこそが、キリスト教の救いの中心」だとすれば、ヨハネはそれを福音書の中で、パウロは書簡の中で強調し、繰り返し述べたはずです。しかしパウロもヨハネも一言も触れていません。パウロは地獄の恐怖に一切触れずに命懸けで地中海全域に神の国の福音を述べ伝えました。彼はイエスを主(キュリオス)として生きよと勧めて教会を各地に建てあげていったのです。
9. 結論
ここでこのエッセイの結論を申し上げます。私たちは、地獄に関しては福音派内に諸説あることを認めた上で、主イエスに倣い、ヨハネやパウロに倣って「神が地上で王となられた」という神の国の福音を中心に述べ伝えるべきではないか、と私は思うのです。
補足1
地獄の教理の変遷に関してはエッセイ「ゲヘナ」参照。
補足2
古代教父のエイレナイオスにとっての救いは地獄からの救いではなく被造世界の完成です。ニケア信条などのキリスト教の古代の信条も天国行きや地獄の苦しみを語っていません。使徒信条にもゲヘナでの意識的な苦しみは記されていません。天国か地獄での苦しみか、という思想がキリスト教世界で一般的になったのは中世になってからです(その歴史的な経緯は、エッセイ「『天から来て、天に帰る』のルーツ」参照)。
注
[1] 「この問いに答えるためには、聖書の資料を改めて検討し、聖書が消滅説の方向を指し示している可能性、そして「永遠の意識的な苦痛」という伝統が聖書の持つ至高の権威に譲らなければならない可能性に対して、私たちの心(単に感情だけでなく)を開く必要がある。」
“And in order to answer this question, we need to survey the biblical material afresh and to open our minds (not just our hearts) to the possibility that Scripture points in the direction of annihilation, and that 'eternal conscious torment' is a tradition which has to yield to the supreme authority of Scripture.”
Excerpts from David L. Edwards and John Stott: Evangelical essentials: a liberal-evangelical dialogue, pp.312-329. (https://www.truthaccordingtoscripture.com/documents/death/judgement-hell.php?utm_source=chatgpt.com)
[2] 「私は、永遠の苦しみというものは、忌まわしく、非聖書的な教義であり、何世紀にもわたり教会の心に重くのしかかってきた恐ろしい重荷であると信じている...」
"I believe that endless torment is a hideous and unscriptural doctrine which has been a terrible burden on the mind of the church for many centuries..."
John Wenham "The Case For Conditional Immortality" taken from Chapter 27 of Facing Hell: The Story of a Nobody, An Autobiography 1913 - 1996 (Carlisle: Paternoster Press, 1998), pp. 229-257 (https://www.wadeburleson.org/files/documents/death/wenham%20john%20-%20the%20case%20for%20conditional%20immortality.pdf?utm_source=chatgpt.com, p.17)
[3] “The God that holds you over the pit of hell, much as one holds a spider…his wrath towards you burns like fire…it is nothing but his hand that holds you from falling into the fire every moment.”
[4] Here is another image. You have a “lake of fire and brimstone,” and you see lost sinners thrown into its waves of rolling fire; and they lash its burning shore, and gnaw their tongues for pain. There the worm dieth not, and their fire is not quenched, and “not one drop of water” can reach them to “cool their tongues”—“tormented in that flame.”
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